JAICOH設立の経緯と目指したもの

1.設立に至った経緯

JAICOH・歯科保健医療国際協力協議会の創立は、平成2年(1990)9月16日です。その切っ掛けは、前年の昭和64年(1989年)に溯ります。当時、厚生省は開発途上国に派遣する専門家を自前で育てようと研修事業を予算化しました。その一回生として私は厚生省歯科衛生課宮武光吉課長の推薦をいただいて、9月から翌年2月まで6ヵ月間に亘る研修を受講することになりました。開業医として半年間の研修は大変厳しいものでしたが、友人の開業医仲間が代わる代わる代診医を派遣してくれて何とかクリアしました。

 研修の前半は新宿区の国立国際医療センターで、熱帯医学、感染症予防、途上国の歴史・文化・宗教・気候風土など医学以外のさまざまな分野について大学研究者やJICA専門家による講義でした。研修後半では、マニラのWHO西太平洋事務局(WPRO)や熱帯医学研究所の見学、タイのマヒドン大学ASEAN Training Center (日本の援助によるPHCの研修センター)を見学してスタッフと英語でディスカッションしました。さらに地方の村に分かれて民泊、住民の生活を実体験して、水やトイレの問題、食生活や、家族が病気になった時はどうするかなどについて調査し、レポートを提出しました。研修の終了に当たって国際医療協力部長の我妻 堯 先生から言われたのは、歯科保健はこれまで途上国において注目されてこなかったが、これから経済発展する中でその必要性が認識されてくる。日本からの支援が求められる時代が必ず来るので、是非歯科の国際保健人材を育ててほしいと励まされたことを思い出します。

 1989年6月、私は青年海外協力隊員としてアジア・アフリカ・オセアニアなどの国々で活動経験のある歯科医師たちに呼びかけて、経験したことを語っていただく会を企画した。「歯科の国際協力を語る会」に集まっていただいたのは協力隊OBの他、ネパールやモンゴル、カンボジアなどでNGOとして活躍中の歯科医師・歯科衛生士たちで、国際協力の情報交換の場を立ち上げることで意見が一致し、盛り上がったことが印象に残っている。

 

2.JAICOH(歯科保健医療国際協力協議会)の設立総会

 厚生省の研修後、「語る会」に参加くださった何人かのメンバーとともに、日本の歯科医師が現在世界各地で歯科保健医療向上に努力していることを日本国内で知らしめ、今後もより質の高い支援ができるように国や大学、歯科産業界にも協力していただく事をアピールするためにはしっかりした組織づくりが必要と考え、準備会がスタートした。

 準備会には、厚生省歯科衛生課の石井拓男先生、日歯国際渉外委員長鶴巻克雄先生、東京歯科大学高江洲義矩教授にもご参加いただき、官・民・学の立場からご意見をいただいた。歯科保健医療国際協力協議会(Japan International Cooperation for Oral Health, JAICOH)の名称もこの準備会で提案されたものです。

 平成2年9月16日、東京水道橋の東京歯科大学病院でJAICOH設立総会が開催された。設立経過報告、会則案が承認された後、役員の選任があり、会長・村居正雄、副会長・石井拓男(厚生省)、幹事・宇野公男(国立療養所多摩全生園)、白田千代子(中野区保健相談所)、日高勝美(厚生省)、今出昌一(青年海外協力隊OB)、北村 豊(青年海外協力隊OB・松本歯大)、半田祐二朗(岐阜大・口腔外科)、監事・鶴巻克雄(日本歯科医師会・国際渉外委員長)、中田 稔(九大歯学部教授)、顧問・榊原悠紀太郎(愛知学院大名誉教授)が決まった。

 

3.JAICOHが目指したこと

 村居がJAICOH会長を務めた平成12年までの10年間に実施した事業を列記します。

1)会員への情報提供(ニュースレター発行)と研修会の開催

2)歯科医学医療の国際協力について理解者を増やすための広報活動

3)歯科のみならず一般医科の関連学会において、歯科国際協力の事例発表や研究討議を行う(国際保健医療学会、公衆衛生学会、口腔衛生学会自由集会など)

4)会員の行う国際協力活動の支援。補助金申請の情報共有など

5)国際協力に関する教材の作成。「Where There is No Dentist」「WHO ART Manual」の翻訳など

6)行政(外務省、JICA、厚生省)や関係諸団体(日本歯科医師会、国際保健医療学会、

国際協力NGOなど)、保健師・助産師・栄養士など異職種との連携・情報交換

7)歯科医学教育において、社会歯科学の一分野として歯科国際保健学を位置付ける

8)大学の学生サークルとして国際協力を目指すグループを支援する (Seeds project)

 

4.JAICOHの今後に期待する

JAICOHがスタートしてから30年が経過した。「歯科の国際保健医療協力」には王道がない。対象の国の政治・経済・歴史・文化・教育などが複雑に絡み合ったところに人々の健康問題がある。外国人の私達が出向いて容易に解決する問題ではない。貧困や民族問題、国の保健医療政策、診療所までのアクセスの問題など一筋縄ではいかない課題が山積している。問題解決の難しさに悩むところに意義がある。日本のように医療保険制度が整い、国民の経済基盤や教育制度が整った環境の下では気付かない問題解決能力を鍛える事ができる。

 日本も、少子化や超高齢社会を迎えて難問山積である。歯科の2040年問題は、旧来の歯科医学を学ぶだけでは解決できない。社会の課題を分析し、問題解決能力を鍛えることが必要で、国際保健を学び体験することは日本の課題を解決する上でも役立つであろう。JAICOHは、そのような可能性も秘めた人材育成の団体であると改めて感じている。 

 
初代会長 村居正雄 
(2024年)

JAICOH代表挨拶(第二代)

 これからの歯科保健医療国際協力協議会(JAICOH) 

 

   今年度のJAICOH総会(2000年6月11日,東京)で,会長として選出されましたので,これまでの経過および今後の抱負などについて報告し,就任の挨拶とさせていただきます。

 本会は,「歯科の国際保健医療を語る会」を前身として,1990年の9月に設立されました。設立当初は,歯科保健の分野の国際協力に関心をもっていたり,あるいはすでに活動されている個人や団体が集い,情報交換などを行なう場として発足しました。しかし,その後,個人や団体の連絡協議会という役割から徐々に変化し,しかも時代の要請から,カンボジア,ソロモン,ミャンマーなどでJAICOHのフィールド活動として独自に国際協力活動も行ないながら今日にいたっています。さらに,本会の特徴としては,シーズプロジェクト,学生のスタデイーツアーへの協力など,これから活動を開始される人々の育成にも力を注いできました。わが国のNGOのなかでの本会の位置づけについては世の中が判断することですが,歯科保健の分野で一定の役割をこれまで果たしてきたと考えられます。このことは,前会長の10年間一貫した熱意と努力に負うところが大であり,しかもそれを支えてくださった会員の皆様の支援によります。

 10年前と比較して,歯科保健の分野での国際協力の現状をみると,JICAや国立国際医療センターなど公的な機関に歯科医師が勤務し,しかもNGOの活動として多くの団体や個人が活動し成果もあげています。また,JOCV青年海外協力隊やJICAでの経験のある歯科医師,歯科衛生士も多く生れています。この結果,歯科医学教育のなかでも国際協力が一定の位置づけをされるにいたりました。

そこで,今後のJAICOHに求められる役割としては,(1)現在,国際協力活動を行なっている団体や個人の連絡協議を行ない,それを広く情報発信すること,(2)各個人や団体の活動を,要請があれば支援すること,(3)海外への活動に興味を持ち,これから活動したいと考えている人たちへの支援と情報提供を行なうこと,の3点に集約されます。したがって私に課せられた役割は,もう一度本会を,現在各地で活動されている団体や個人の連絡協議会として生まれ変わるようにすることが最も大きな課題と考えています。今年度は,前年度から継続のミャンマーやカンボジアでのプロジェクトは,本会で行なうことになりますが,次年度以降は,これらの活動もそれぞれ独立した組織として継続され,新たにJAICOHに加入する団体の一つとして加わっていただく方針です。

 総会終了後,わが国ですでに活躍されている団体や個人に声かけをし,本会の役員としての協力をお願いしたところ,多くの方が趣旨を理解し,役員として参加してくださいました。また,これ以外にも,サポーティングメンバーとして協力を申し出て下さった個人や団体が多くあります。今後の会の運営については,新役員会での議論や会員の要望を反映した形で行ないたいと考えています。私の役割は,上記の本会に求められる役割が達成できるように,皆が仲良く手をつなげるように,場所と情報の提供をするお世話係に徹することと考えていますので,重ねてご協力をお願い申し上げます。

 

 

 

歯科保健医療国際協力協議会(JAICOH)第二代会長 

 深井穫博 
(2000年7月JAICOH会長就任挨拶) 

JAICOH代表挨拶(第三代)  

 私は、時代の要請にともない、1990年の9月に創立されました「歯科の国際保健医療を語る会」の創立のときから微力ではありますが、かかわりを持ってまいりました。

昨今、日本各地から歯科保健の分野で国際協力に関心を持った方々、精力的に地球のあちこちで活動している方々が個人や団体で一定の成果をあげていることの報告を見ることが、珍しくなくなりました。また、いくつかの歯科大学に、国際協力についての分野ができ、歯科医学教育の中に国際協力についての授業が取り入れられるようになって久しくなりました。

過去のJAICOHのニュースレターや総会での、多くの団体や個人の生き生きとした講演、学術大会抄録集の内容や、会員のエネルギッシュな活動が、世界で展開されていることを示しています。日本には、JOCVやJICAでの活動経験のある歯科医師、歯科衛生士のみならず、いろいろなNGOで活動している歯科保健医療関係者がたくさんいます。また、歯科大学の学生が国際協力!に興味を持ち実際に活動をしている方々が存在することに、心強いものを感じます。

今後も歯科保健医療国際協力協議会は、既存の会の役割を遵守しながらも、新たなことに挑戦したいと思っています。

また、多くの歯科医師はもちろんですが、保健活動に興味を持ち地球のいたるところで、人の心をとらえた保健活動を実践していける事業をすでに展開している歯科衛生士、これから活動していこうとしている歯科衛生士や歯科学生、関連の方々にも、気軽に参加し 

ていただきたく願っています。 

歯科保健医療国際協力協議会(JAICOH)第三代会長
白田千代子(歯科衛生士)
2010年7月

JAICOH代表挨拶(第四代)

歯科保健医療国際協力協議会は、歯科保健医療の国際協力を推進するため、必要な研修及び調査・研究を行いつつ会員の親睦を図り、世界の歯科保健医療の発展向上に寄与することを目的に1990年に創立された会です。

私は、埼玉県川口市で開業する歯科医師ですが、南太平洋医療隊に所属し1998年より主にトンガ王国でボランティア活動を行っています。協議会には2004年から活動の報告と情報を得たいために参加しました.活動は歯科医師の留学の支援に始まり、笑顔を意味するマリマリプログラムと名付けた歯科保健システムを確立しました。国全域のヘルスセンター、幼稚園、小学校で、う蝕の予防と軽減を実現しました。2013年から、世界第2位の肥満国という視点から、JICA(国際協力機構)と共同で「トンガ王国における口腔保健のアプローチから生活習慣を改善するプロジェクトを実施しています。歯周病の初期治療から生活習慣を改善し、トンガ人の肥満、糖尿病、心血管・循環器疾患等の生活習慣病の予防に取り組んでいます。

世界では、2015年までに達成すべきミレニアム開発目標として、自由と平等などが不可欠であるという考えのもと、8つのゴールが掲げられていますが、いまだ多くの国や地域で健康水準や保健医療の発達程度により、健康格差が存在しています。

本協議会には、歯科医療の立場から発展途上国のために、国際協力を行う歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士、歯科大学生、大学教員、NGO団体、JICA等で活動している個人、団体等が多く参加しています。

本会では、7月初頭の総会・学術集会と学生研修会、年数回の研修会の開催、年4回のニュースレターの発行により、発展途上国の人々の為に寄与する方々の情報交換の場を提供し、国際協力に関する手法、取り組みについて様々な発表を行っています。

歯科医療従事者が発展途上国に関わるとき、口腔の問題だけでなく全身の健康さらに社会環境の改善を同時に行えるような取り組みが必要とされています。今後、本協議会に様々なジャンルの医療従事者や保健関係者がますます参加してくだされば幸いです。何卒よろしくお願いいたします。

歯科保健医療国際協力協議会(JAICOH)第四代会長
河村康二(歯科医師)
2014年7月

 

JAICOH is established in 1990 to contribute the improvement of international oral health science through the conduct of research, fieldwork and oral health care. The mutual amity of JAICOH members is also aimed. 

I am managing the Kawamura Dental Office at Kawaguchi in Saitama prefecture and member of the South Pacific Medical Team (SPMT), which has been conducting volunteer projects for oral health improvement in the Kingdom of Tonga since 1998. I have joined to JAICOH in 2004 to report the progress of our activity as well as to obtain further information from experts. The activity of SPMT has started as the support project for Tongan dentists who researched in Japanese dental school, then expanded to establish the oral health care system named The MaliMali, ‘smile’ in Tongan, Program in the Kingdom of Tonga. The program involves all of health centers, kindergartens and primary schools in the Kingdom of Tonga now and achieves prevention and reduction of severe dental caries in infants. Also, from 2013, new project for improving adult’s lifestyle approach from oral health in the Kingdom of Tonga with JICA is started, since that country is ranked at second place of corpulent country. The project is providing primary periodontal treatment including improvement of patient’s life style to reduce the case of non-communicable disease such as corpulent, diabetes mellitus, circulatory diseases and so on. 

This year is the deadline year of Millennium Development Goals (MDGs) that contained eight representative goals for eradicating extreme poverty and hunger, preventing deadly but treatable disease, and expanding educational opportunities to all children, among other development imperatives, however, there are still regional health disparities due to poverty in the world. 

JAICOH is organizes by dentists, dental hygienists, dental technicians, dental students, faculties of university and persons who work in other organizations (e.g., JICA) to provide international cooperative oral health support for developing country. 

Annual meeting of JAICOH, which contained students’ meeting as well, is held on the first period of July. And to allow members to exchange information more frequently, several workshops and four bulletins are managed every year. 

It has been required that the improvement of general health as well as social environment including infrastructure, when dentists and dental staffs attempt to improve oral health in developing country. It would our great pleasure that a lot new participants will be assembled in JAICOH from many other medical/co-medical fields.  

Dr. Kohji Kawamura, Ph,D, DDS 

JAICOH代表挨拶(第五代)

この度、福岡で開催された2018年のJAICOH学術大会の総会において、第5代会長に推挙されました宮田と申します。JAICOHとの付き合いは長く、本会が設立されてすぐに入会し、カンボジアのスタディ・ツアーなどに参加しました。私の国際医療貢献の道に進むきっかけを作ってくれたのがJAICOHでした。2000年までの村居正雄会長時代はJAICOH自身がプロジェクトを形成し、積極的に海外で活動してきましたが、深井穫博先生が会長になってからはJAICOHの方針を転換し、数ある歯科系NGOを取りまとめる情報発信が活動の中心となりました。この深井先生の方針は、JAICOHのあるべき姿を具象した形になり、その後の会長にも引き継がれ現在に至っています。それを踏まえ、私の会長任期2年の間に、次の事を会の運営の基本として捉え、実践して参りたいと考えています。

 

1.本会は会員数も少なく、また予算もごく小規模です。そんな身の丈に合った活動を心がける事。

2.いわゆる歯科系NGOの相互交流と情報交換の場として、ホームページを含め、本会の本来の目的に適った活動を行う事。

3.歯科系NGOの活動を経済的に補助するシーズプロジェクトを再開する事。これによって歯科系NGOがよりアクティビティーの高いNGOとなるよう支援する事。

4.学生や若手の会員向けの研修会を充実する事。特に年2回の学生向けの研修会を一般会員にも門戸を広げ、より充実した実践的な内容とする事。

 

私はいつもJAICOHの事を貧乏だけど志だけは高い、と言っています。また、自虐的に「今度、年間予算20万円の会長になりました」と話すと皆、一様に驚きます。ここで言う「志の高い」と言うのは自分のためではなく世のため人のために尽くす、という意味です。最近、私たちの生き方を考えさせられる二人の78歳がマスコミに登場し、話題になりましたね。ボクシングの山根明氏とスーパー・ボランティアの尾畠春夫氏です。片や「世界の山根や!」と嘯き、片や寡黙に黙々とボランティア活動に邁進している。この二つの人生のどちらをJAICOHは選びますか?という命題です。国際ボランティアというのは山根型に陥りやすい危険性があります。その国に行けば自分は有名人だとか、その国の偉い人と交流がある、などと吹聴するなど、様々な「権威」に体躯を預ける生き方です。ただ、私が会長の間は徹底的に尾畠氏型で行こうかと思います。黙々と真摯に、権威に阿(おもね)ない、そして、ひたすらその地域の人たちの健康を願い、寄り添ってゆくJAICOHでありたいと思います。ご協力のほどをお願い致します。

歯科保健医療国際協力協議会(JAICOH)第五代会長
宮田隆(歯科医師)
2018年11月
【2024年3月JAICOH退会】